イスラエル突入記
2008年02月12日
イスラエル突入記 死海編
エルサレムを後にした、我々は一路、死海をめざして突進した。
海面下398メートルと世界で最も低い場所にある塩水湖が死海だ。
長さ78キロメートル 幅18キロメートル の細長の湖はイスラエルとヨルダンとの国境でもある。
塩分の含有量が35%もあるので(通常の10倍)、魚もいない。
船も転覆してしまうのでない。。
浮かんで新聞が読めるという不思議な湖だ。。。
1時間ほどで死海(カリヤビーチ)に到着した。12月だというのに、死海地方は温暖で海水浴客で賑わっていた。
更衣室で海パンに着替えた。更衣室や売店は高い位置にあり、よどんだ死海を見下ろすことができる。対岸のヨルダンがうっすら見える。
死海の海岸までは、200メートルくらいの階段を下ると、泥の浜がひろがる。。
強い塩の香りがしてきた。
生き物の存在の無い死の湖、死海、、重い空気がひろがる。
死海では、泳ぐというより、仰向けに海に寝る感じで浮くのがコツだ。
決して泳いではいけない。くるくる回ってしまうだけだ。
死海に足を入れると、泥状の海底に足をとられる。気をつけないとすっころびそうになる。
種馬M君はご満喫だった。
海水は塩辛いというか、ちょいと舐めたが、むせるような塩味だ。
海底にヘドロのように広がる泥を顔や身体に塗って、にわかニガー(くろんぼ)の完成だ。
15分もすると、身体が、ひりひりしてくる。水分を吸収されてしまうのか、喉もからからだ。
海からあがったところにあるシャワーで泥を流した。身体はつるつるだ。
売店で、死海の塩、泥、エステグッツを購入して、帰路についた。
死海の動画↓
2008年02月04日
イスラエル突入記 ゴルゴタの丘&聖墳墓教会編
嘆きの壁をあとにして、我々は、ゴルゴタの丘に向った。
途中、イエスキリストがローマ総督ピラトに死刑を言い渡され、十字架を背負って歩いたゴルゴタへの道(悲しみの道)を歩いた。
ヴィア・ドロローサ(Via Dolorosa)=悲しみの道は、細く、全長1キロメートル
この付近は今も昔も繁華街で大勢の人でごったがえしている。
スリもたくさんいそうだ。。
イスラエル兵が完全武装で警戒している。
イエスキリストが十字架に磔にされたのがこのゴルゴタの丘だが、そこに聖墳墓教会が建っている。丘に記念碑でもあるのかと思っていたのがぜんぜん違った。
入口を入ると、まず塗油台がある。一畳ほどの赤い大理石板は、十字架から降ろされたイエスキリストに香油を塗ったといわれる場所だ。信者がこの台に列をつくって接吻している。
そして、その左側に狭い急な階段がある。ここを上がると、イエスキリストが磔になった場所(ここがゴルゴタの丘)が出現する。
種馬M君も神妙な顔で蝋燭をそなえていた。。
階段から降りて、真っ直ぐ進むと、そこ大きな建造物があらわれる。これが、イエスキリストの墓だ。
狭い内部にも入ることができるが、長い長い列に並ぶ必要がある。
聖墳墓教会からでて、前庭で休憩したが、ウジムシU君は、さっそく ナンパした女性たちの記念撮影をスケベそうな顔で引き受けていた。
『聖墳墓教会(Church of Holy Sepulchre)』
開園時間 8:00−日没ころ 無休 入場無料
我々は、ヤッフォ門からエルサレム旧市街から脱出した。
紀元前20年にヘロデ王がエルサレム防衛の目的で要塞を建てた。
ダビデ王がこの塔から、部下のウリヤの妻バテシバの沐浴を覗き見したということでこの名前がついているらしい。が、うそ臭い。
こうして、エルサレム見学が終了した。すこし駆け足だった。もっとゆっくり見学したいところだ。
次は、死海見学、、遊泳だ。。
2008年02月03日
イスラエル突入記 嘆きの壁&岩のドーム編(エルサレム)
左手には嘆きの壁(Western Wall)とその広場が眼前にひろがる。
そして、その壁の向こうには、黄金の『岩のドーム』の屋根が輝く。。
とても印象的には光景だ。
嘆きの壁は、紀元前20年、ヘロデ大王によって完全改築に近い形で大拡張された神殿を取り巻いていた外壁の西側の部分であり、ユダヤ人は「西の壁」と呼んでいる。
現在 壁の高さは21メートル、下から7段目までは、第2神殿時代のもの その上の4段が、ローマ時代に付け足され、さらに、その上にある小さな石は、マムール朝時代のもの、地下にも17段 第2神殿時代のものが埋まっている。。
左の階段を下りていくと、テロ防止のため、イスラエル兵が、空港のように手荷物検査をしている。
入場は、24時間無料でできるが、ユダヤ教の安息日の金曜日の日没から土曜日の夕方までと、祝日は写真撮影ができない。(あいにく土曜日だったので 隠し撮りしかない)
壁の祈りの場所は、男性は、向って左側、女性は右側に別れている。女性のスペースは狭い。。
男子は、壁の手前で、キッパという河童の頭のような帽子をかぶらなければいけない。
壁の前では、聖書を読んで祈る人がたくさんいた。壁の手前に聖書も置いてあり借りることも可能だ。
嘆きの壁には願い事が書かれた紙が石と石の間にたくさん詰まっていた。
毎年、春、秋の2回、収集してオリーブの山に保管されるらしい。
1948年ヨルダンの管理下になってからは、ユダヤ人はこの壁に近づけなかったが、
1967年6月7日の第3次中東戦争 6日間戦争でイスラエル軍が圧勝してから自由に祈ることができるようになった。
嘆きの壁のうしろにある神殿の丘にそびえたつ、岩のドーム、、には残念ながら、入場できなかった。
このドームは、預言者ムハンマドが天使とともに、馬にのって昇天したといわれる
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩を祭っている。
つづく!!
2008年02月02日
イスラエル突入記 エルサレム旧市街と城壁編
さて、次は、要塞のように城壁が四方を囲まれた、エルサレム旧市街に突入だ。
この城壁は1537〜41年までこの地を支配していたオスマン朝のスライマーン1世により再建されたものだ。城壁の長さは4キロ、ほぼ正方形に近い形で、高さは、平均10メートルくらいだ。厚さは5メートル。。8つの門がある。現在では、黄金門以外は常時オープンしている。
黄金門(ゴールデン・ゲート) 左写真中央
ケロデン谷に面していて、背後には、岩のドームがある。
糞門(ダン・ゲート)
嘆きの壁に一番近い門、街の汚物がここから捨てられたのでこの名前がついた。
くさそうな門だ。
シオン門(シオン・ゲート)
シオンの丘に近いのでこの名前がついた。アラブ人は預言者ダビデの墓に近いのでダビデ門とよんでいる。この門を城内に入るとユダヤ人地区がある。独特な町並みだ。
ヤッフォの門(ヤッフォ・ゲート)
地中海沿岸にあるヤッフォから続く門。数千年前、港から陸揚げされた荷物はここから運び込まれたのでこの名前がついた。
新門(ニュー・ゲート)
1889年に造られた、8つの門で一番新しく、一番高い場所にある。1948年〜1967年まではこのもんの外側にヨルダンとの国境が引かれていた。
ダマスカス門(ダマスカス・ゲート)
城壁の北側にあり最も美しい門といわれる。シリアのダマスカスに通じていることからつけられた名前。
ステパノ門(セント・ステファンズ・ゲート)
使途行伝7章に記されている、聖ステパノの殉教がこの付近であったのでつけられた名前だ。
ヘロデ門(ヘロズ・ゲート)
ピラトとともに、キリストを愚弄してガリラヤ領主ヘロデの邸宅が近くにあったたためこの名がつけられた。
城壁の説明はこれくらいにしよう。。
シオン・ゲートから城壁内に侵入した。
途中、ちょいと腹がへったので、カアッハと呼ばれる、ゴマ付きの歯ごたえのあるパンを購入した。解毒作用のある、ザータールというスパイスもつけてくれるが、これをまぶして食べるとうまい!
シオン・ゲートの付近は、ユダヤ人地区でゲットーではないが、独特の雰囲気がある。
世界最古の地図(マダバ地図)にも記載されている繁華街カルド(カルドの列柱) 第3次中東戦争後、発掘された。
続く!!!
2008年01月31日
イスラエル突入記 最後の晩餐の部屋&『ダビデの墓』 エルサレム
鶏鳴教会のあと、あの有名な最後の晩餐の部屋に向った。
イエスキリストが、捕らえられる前夜に弟子たちと食事をした場所だ。
レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画で有名な「最後の晩餐」(左)を想像しているとちょっと殺風景な部屋に拍子抜けした。
内部には、テーブルや椅子はなく、小さな講堂のようだ。
動画で見るとよくわかる。。↓↓
『最後の晩餐の部屋(Coenaculum)』
開園時間 8:30−16:00
無休 入場無料
最後の晩餐の部屋を出て、階段を下りると、そこは、『ダビデの墓』がある。
ダビデと言えば、ミケランジェロによる包茎のダビデ像が有名だ。
ダビデは、イスラエル王国2代目の王様で、紀元前1000年頃から約40年間統治した。
それくらいしか思い浮かばない。。

とりあえず、入口で、紙製のキッパと呼ばれる皿ののような帽子をかぶっての見学だ。ここエルサレムでは、これをかぶらないと見学できない場所がいたるところにある。
鉄柵で仕切られた墓石のある部屋で、石棺はダビデの星が刺繍された黒いビロードの布に覆われている。↓↓
ユダヤ教の安息日である金曜日の日没から土曜日の夕方と祝日は写真撮影が禁止されている。が こっそり撮影してしまった。手振れは勘弁してください。
『ダビデの墓』(Tomb of King David)
開園時間 8:00−18:00 金曜日 8:00−14:00
無休 入場無料
つづく
2008年01月28日
イスラエル突入記 エルサレム日帰り観光 鶏鳴教会
ゲッセマネの園で逮捕されたイエス・キリストは、シオンの丘に建つ大祭司カヤパの邸宅に向け石段を歩かされ連行された。邸宅跡とされる場所が現在の鶏鳴教会だ。
石段が現存する。2000年前のもので、角は磨り減り丸くなり草が生えているが歴史を感じさせる。
鶏鳴教会は屋根にある風見鶏が目印だ。
鶏鳴教会の名前はイエス キリストの予言のとおり、弟子のペテロが三度イエスを知らないと嘘をついた後に鶏が鳴いたという聖書の話に由来する。そんなペトロを記念して建てられた教会だ。
内部に入ると、鶏鳴教会の聖堂が広がる。ビザンツ時代のモザイクがいたるところにある。
教会内の地下にある牢獄はイエス・キリストが拘束され、最後の晩を過ごした場所が現存するのだ。
牢獄の内部まで見学することができる。
その牢屋の壁に(種馬M君の左手)人影のようなしみが浮かび上っているが、それはイエス キリストをあらわしている。ちょいと不気味だ、
ここから 総督ピラトのところに連れて行かれて裁きを受けたと言われている。
鶏鳴教会 St.Peter in Gallicantu Church
開園時間 8:30−12:00 14:00−17:00
閉館日曜 入場料 7NIS(約210円)
シオン山から見る ケデロン谷・オリーブ山 ↓
2008年01月21日
イスラエル突入記 エルサレム日帰り観光 パート1
今日は先方の計らいでエルサレム1日観光(死海遊泳も含む)に招待された。
朝8時 ホテルに迎えの車が来た。。
テルアビブから1時間ほどのところにある途中の丘で、これからエルサレムへ向う道を見下ろせる丘で記念撮影だ。
左はナザレ方面 右手はエルサレムだ。
イエスキリストが ナザレからエルサレムで処刑されるために向った道を見下ろす丘だ。
さらに 車で30分ほど移動すると、エルサレムを一望できるオリーブ山の展望所に到着した。この標高825mの山からは、神殿の城壁や手前にはケデロンの谷が見下ろせる。
エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地だ。なんだか独特のムードがすでに感じられた。
金色のドームが 岩のドームだ。
このドームは、イスラム教の第3の聖地。7世紀末に完成した集中式平面をもつ神殿である。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩を祭ってある。
映像の手前に見えるのはユダヤ人墓地だ。ユダヤ教にとって、最終目的地の聖地エルサレム巡礼。終末の日が訪れるとメシアがオリーブの山に立って、黄金の門が開かれ、死者が復活すると信じられているのでこの地に、ユダヤ人墓地が多いのだ。
次は、オリーブ山の麓にあるゲッセマネの園(Garden of Gethsemane)に向った。ここにある8本のオリーブは2千年以上前のものだ。ゲッセマネとは、ヘブライ語で油絞りの意味だ。かつてはこの地域はオリーブ林でオリーブの精製が行われていた。
ここは、何回もイエスキリストが訪れた場所だ。
ゲッセマネの園(Garden of Gethemane)
開園時間 8:00-12:00 14:30-17:00
年中無休
入場無料
その横には、万国民の教会(Church of All Nations)がある。イエスキリストが最後の夜をすごした教会だ。
苦悶の教会とも呼ばれる。
入口などにあるモザイクはビザンツ様式だ。
教会内にも美しいモザイク画がたくさんある。。。
万国民の教会(Church of all Nations)
開園時間 8:30-12:00 14:30-17:00
年中無休
入場無料
つづく!!!!
2008年01月14日
イスラエル突入記 レストラン『HERBERT SAMUEL』テルアビブ &種馬M君の口内乱射事件
またまた、イスラエルのはげちょびん社長に、ご馳走になることになった。
今夜は、またまたおしゃれなレストラン『HERBERT SAMUEL』だ。
Koifman ST沿いのGibor House にあるこの店は最近オープンしたばかりのようだ。
レストラン1Fの中央はオープンカウンター席で、チーズやサラミが大胆に並べてある。店は満杯でかなり流行っているようだ。
2Fには、数億円でつくられた自慢のキッチンがある。さっそく見学に出かけた。
大きな厨房だったが、数億円といわれてもピンとこない、日本ならどこにでもありそうな感じだった。
キッチンの奥にも席があったが、我々は1F入口左の席を陣取った。。秘書の予約ミスで危うく座れなくなるところだったが、ここは、ヤクザなハゲ社長、、、強引に席を確保した。さすがイスラエル空軍の元戦闘機乗りだ。。
典型的なイスラエル家庭料理にすこし飽きてきたところだったので、高級そうだったが、なかなか美味しかった。。
しかし、我々は3時ころに昼食を食べたばかりで、もったいなかったが、結構残してしまった。
この店は高級店なので、昨日のスペイン料理の店のように、『乾杯!おっぱい!』『ちち!ぴぴ!(乳 ちんぽ)』などと奇声をあげるのはやめてくれと事前にハゲ社長から言われた。
『HERBERT SAMUEL』
住所 6 Koifman St.(Gibor House) Tel Aviv
電話 03-5166516
営業時間 ランチ 12:00−16:00
ディナー19:00−24:00
お腹はいっぱいだったが、種馬M君の目がキラリと光った。。まだ性欲のほうが満たされていなかったのだ。
次に向ったのは、いわゆるイスラエルのストリップショーだ。。
23時開園ということで、早めに店に向って種馬M君はいい席をとるんだと先頭に並んでいた。
はげちょびん2号は バイクで駆けつけた。。。この国は酔っ払い運転というものは違法ではないのか??
入口では、セキュリティチェックが厳しく行われた。デジタルカメラも没収されてしまった。もちろん、刃物なども持ち込めない。種馬M君の そそりたった肉棒はかろうじて通過することができた。
日本のストリップ劇場のように舞台をコノ字型に座席が並んでいた。もちろん種馬M君は1列目正面に陣取った。。
店内は客で満席だった。次々と踊り子が登場して、すっぽんぽんになっていく。。種馬M君はよだれを垂らしながら観戦だ。
踊り子は客席にも乱入してきて、種馬M君とウジムシU君は、膝の上に抱えて、おっぱいをモミまくりだ。。カメラがないので詳細をご報告できないのが残念だ。。
先ほどまでアイスクリームを食べていた二人とは思えないご乱行ぶりだ。
種馬M君は、巨乳の踊り子を見つけるとその胸に顔をうずめて満足そうに壊れた笑い顔でご満喫だった。
しばらくすると、種馬M君は、巨乳の可愛い踊り子に手を引かれて、混雑した場内にす〜〜〜〜っと消えていった。。
しばらくすると(かなり時間は経過していた)、すっきりした顔の種馬M君が戻ってきた。。。
まわりのイスラエル人に『どうだった!』と聞かれて、、
『ファンタスティック!!』と叫んでいた。。。
詳細を聞くと、劇場内の横に個室がありそこに連れて行かれて、ずっぽし してもらったそうだ。。何回も、、、
1972年日本赤軍の岡本公三らが、『テルアビブ空港乱射事件』をおこしイスラエル市民がまき沿いになり大変ご迷惑をおかけしたが、
今回は『テルアビブ!口内乱射事件』を 種馬M君は、テルアビブのストリップ劇場でおこしてしまった。幸い客に怪我人はでなかったが、種馬M君の巨根による乱射で、複数のストリッパーの顎がはずれ翌日の勤務に支障をきたしたようだ。
ユダヤ教の休息日である金曜日の夜に、こんな遊んでいいものだろうか????
2008年01月08日
イスラエル突入記 イスラエル料理『Mifgash HaSteak』テルアビブ
我々は休みといえば、土日だが、ユダヤ教のユダヤ人が多いイスラエルは土曜日がお休みだ。金曜日も半日休みか全休だ。厳密にいうと、ユダヤ教の休日は「金曜の日没から土曜の日没まで」だ。ということで日曜日は平日扱いなのだ。
今日は金曜日なので、会社には人があまりいない。仕事を早めに終わらせて昼食にでかけた。イスラエル料理の店だ。昨夜暴れたスペイン料理『TAPEO』の左側にある。
ちかくには、あの奇妙な寿司の出前の店『京都』もあった。
またまた昼間からビールで乾杯だ。。。。
インド料理のナンのような、ピタパンをちぎって一緒に食べる。
サービスで出て来る付け合せも豊富で、これもピタパンにのせて食べる。
シシカバブ(ラムのミンチとハーブ&スパイスの串焼きグリル)
シシリック(スパイシーなチキンの串焼きグリル)などの盛合せ。
ボリューム満点!イスラエル式バーベキューだ。
マジャドラライス(レンズ豆入りごはん)もなかなか美味だった。(写真の左奥)
『Mifgash HaSteak』in Herzliya
住所 7 Shenkar Street, Herzliya
電話番号 09-9511177
営業時間 12:00〜深夜
ユダヤ人の胃袋は底なしだ。。昼食後、道路を挟んで反対側のアイスクリーム店に突入だ。。。
いかにも甘そうなアイスが並んでいる。。。。
大食漢の種馬M君とウジムシU君は、ホモのように店前に座って仲良くアイスを食べていた。
そして、子連れのはげちょびん2号と記念撮影だ!!!!!!それにしてもイスラエル人ははげが多い!
つづく
2008年01月07日
イスラエル突入記 スペイン料理『TAPEO』テルアビブ&ヘブライ語教室
ここイスラエルでは、金曜日がお休みなので、木曜日が週末ということになる。なんと日曜日は出勤日なのだ。
種馬M君は、めずらしくスーツでばしっと仕事に熱中している。。。
夜の顔と昼の顔がこれほど違う人は見たことが無い。
ウジムシ帝王U君は、のんびりいつものペースで遊んでいた。?
白熱した議論の間にわけのわからないポーズでバンザイです。
昼飯は、僕らのために『京都』という日本料理屋から寿司の出前をとってくれた。
よくよくみると、へんてこりんな寿司ばかりだ。。
日本ではあまり見かけない巻物ばかり??
醤油がとんでもない量でやってきたが、イスラエルでは、この醤油に、寿司を沈めてつけて食べるそうだ。。
社員が続々と寿司に群がってきた。。彼らにとっては、珍しいご馳走のようだ。
ウジムシU君、お気に入りの田中真紀子のようなダミ声のおばさん(写真左)
種馬M君が、ロックオンしたロケットオッパイのおねぇちゃんも寿司がお気に入りだ。(写真右)
種馬M君は、巨乳好きで、東京でもロケットオッパイの派遣さんに毎日ロックオンだ。イスラエルの女性は巨乳で美人が多い。。種馬M君は、すれ違う女性の顔には目もくれずに、バストに視線を集中して街を歩いている。
しかし、腹がすいていたので この奇妙な寿司が美味しく感じてしまった。。。
その後、会議を行い無事終了すると、またまた ハゲチョビンのおじさんが、飲みに行くと張り切っている。毎日接待 ほんとうにありがたい。。
しかし、このはげちょびんのおじさんはただものではない。第4次中東戦争時代、イスラエル空軍の戦闘機パイロットでミラージュにのり何回もアラブ諸国の戦闘機にスクランブル発進し空中戦の経験もあるバリバリの軍人だ。
いまでも毎朝ジムで20キロのエアロバイクを漕いでいる健康オタクでもある。
腕には 数百万はする『ブライトリング』の腕時計、右下のキャップをを引き抜きアンテナを引き出すと、緊急信号(エマージェンシー)が発進され、どこにいてもヘリが救出にきてくれるそうだ。私が引き抜こうとすると、1回引き抜くと20万円とられるのでやめてくれと言われた。購入するためには、パイロットのライセンスが必要だ。
しかし、イスラエル人はハゲが多い。日本人と違って諦めは早いので、若いころから坊主頭にしている。この国では、アデランスは流行りそうにない。
ビールやワイン(GAMRA)がシコタマでてきた。。
料理も波状攻撃で登場だ!!
ところで、ヘブライ語は、文字は、ミミズがはったようなかんじでまったくわからない。しかも 右から左に書く、、
日本語はどうなのか、はげちょびんのおやじに聞かれたので、下から上に書くと言ったら、驚いていた。
ヘブライ語で『おっぱい』のことは、『ちち』 と言う。。。なんと一緒ではないか!!!????
ちなみに『ちんぽ』は、『ぴぴ』 と言う。。こちらも覚えやすい。。。
日本語の『乾杯(かんぱい)』を教えたら、、、飲むたびに、、『かんぱい、おっぱい』と叫びまくりだ!!
もうこちらもやけくそで、『ちち!ぴぴ!』と叫びまくってやった。。。おしゃれなスペイン料理屋は、新橋の居酒屋に変身だ。
家族連れ、カップルが迷惑そうな顔をしてこちらを睨んでいる。。。まあ、旅の恥はかき捨てだ!!『ちち!ぴぴ!』
おっと、あの田中真紀子似のおばさんがいたが、この『ちち!ぴぴ!』攻撃に『わたしは、セクハラOKよ!』なんて言われて、ウジムシU君はもうおばちゃんにロックオンだ。目がいやらしい。。お見せできないのが残念だ。
お持ち帰りをしようと張り切って口説いていた。。。3人の子持ちだそうだが、U君にはそんなことは関係ない。。『娘がいるなら親子どんぶりだ!』とさらに燃えていた。。。困った!!??
種馬M君は、巨乳のおねえちゃんがいないので元気がなかった。
スペイン料理『TAPEO』 09−9546699
住所 Herzlia Pituach,9 Shenkar st.
つづく!!!!!












