H&馬鹿話&爆笑昔話
2019年05月04日
平成バブルの為替ブローカーの仁義なき戦い!!!
銀行間の取引を仲介するというのは、
日本の銀行ばかりでない海外の銀行とも仲介するのだ、
例えば、トラディショングループなら、香港、シンガポール、
ロンドン、ニューヨークなど世界中に拠点があり
そこと専用電話回線でつながっていて銀行間取引を仲介するのだ。。

ある時、あのヒンシュクN谷くんが、ロンドンと取引中に、
ロンドンサイドがプライスを間違えたことにより
スタッフィング(取引失敗)が発生した。。。
差損はなんと2500万円、、、ロンドン支店は
録音テープがあるにも関わらず、支払いを拒否、、
私は頭にきたので、ロンドン支店に FAXを送信することにした
何百枚も、、、しかも、ちん○の絵や、うん○の絵を書いて、、
しまいには、ロールにしてFAXを送り続けた。永遠に!
文字でもFUCK YOU ! などめちゃくちゃに書いて、
当時、電子メールなどなく取引の詳細をFAXで世界中に
送信して確認していたのだが、ロンドン支店は、
私のFAX攻撃で使用不能になり銀行へのコンファーメーションも
送信できなくなりビジネスがストップ〜大問題に発展!!

ザマアミロ〜日本人をなめたらあかん
ロンドンの社長からすぐに支払うからFAX送信するのをやめてくれと
連絡があった。最後のFAXにはちゃんと敬意を表して
thank you very much と大きく書いて送った
うんこの笑顔の絵もきっちり添えて、、、
損害の件は無事解決したが、
(大量のFAXの代金がいくらになったかは知らない)
後日、東京の社長から呼び出されて損害を取り戻したことは認めるが
『このFAXは、、君か?流したのは、、これはいけないな〜
下手したら国際問題になるよ』と流石に、こっぴどく叱られた、、
ロンドンからサンプルが郵送されてきたのだ、うんこの!!
しかし、こうでもしなければ、
2500万円は帰ってこなかったんだよ!!バーロー
今でも海外相手にビジネスをしているが、
海外の連中と仕事をするときはこれくらいのことをしないと
問題が解決しないことが多い、、困ったものだ、バーロー
こんな仁義なき戦いをしながら過ごす為替ブローカー時代は
毎日が戦場で面白かったな、、、続く、、、まだ続くんか!!
2019年05月03日
平成バブル終了とともに国税局がやってきた〜〜〜
ある日会社に国税局がやってきた。。。
税務調査だと言いながら会社に居座り始めた。。
その当時私は、オンバランス(為替、資金など)の
執行役員営業部長ですでに銀行さんの電話は取っていなかった。
オフバランスセクションの執行役員営業部長は外人だった。。
国税が来るとわかるとまずは外人の執行役員が海外出張名目で消えた
社長はスイス人なのでもともと日本にいない。。。ということで、
木っ端役人のお相手は、、私が一手に引き受けることになった。
朝9時から午後5時まで、毎日のように国税のおっさんに監禁された
ある日、接待費の明細が山ほど会議室に並べられていた。。。
私は自分の担当部署の接待費にしか検印を押していなかったが、
まだまだバブっていたオフバランスの外人部隊の接待費には驚いた。
一晩で100万以上???? あとは、よくある数字の改ざん、、
しかし、私は検印を押していないにも関わらず国税のおっさんが
これは脱税でないにしろ道義的な責任があるとは思わないのか!
とか叱られた、、、
全部コピーいただくよと、おそらく反面調査のために
証拠として持ち帰ったのだろう。。。
総務のおばちゃん(野村さん)は、私は脱税なんかしないから、
世間でいうお土産(少しは追徴課税を受けること)は
一円も渡さないからね、あんた頑張りなさいよ!!と言われたが、
冗談じゃない。。。毎日仕事にならない。。。
辛気臭い木っ端役人の相手を毎日するのだ
でも、なかなか脱税の証拠が出てこない、木っ端役人は苛立っていた
ある日領収書を目の前に突き出された。近所の肉屋の弁当の領収書だ
1500円、、、あるいは1500円の倍数、の領収書、、、
当時残業すると社員には1500円までの夕食費が支給されていた。
綺麗に全員1500円なのだ、、
『それがなんなんですか?』と聞くと、
次に、国税のおっさんの領収書680円を見せてくる。
同じ肉屋の領収書だ、わざわざご丁寧に実際購入したんだとさ〜
弁当を購入したら1500円なんてメニューはなかったと、、
『私は、、若い奴は食欲あるから大盛りとか特別な肉メニューで
注文しているんでしょう。。。』というと
その時、夕食の支払いはナイトシフト(夜番)のN谷くんが
取り仕切っていたのだが、
『さっきね、、N谷くんに聞いたんだけど、すぐに白状したよ、、
差額はみんなで山分けしていたってさ!』
しかも、残業していない人の名前を何十人も片っ端から書いて
あの馬鹿野郎、、すぐに白状しやがってと思ったが、後の祭り、
『こういうの毎日毎日やらせていると利益供与!
給与を税金なしで支払っているのとおんなじなんだよ!!
脱税だよ!!あんた〜〜〜〜〜』
と怒鳴り始めた。。
このN谷くんは、いろいろやってくれた。。
会社の鍵がなくなり営業できなくなる事件→こちら
数年後、シンガポールの会社に転職したN谷くんに再会した。。
彼は、昔ご迷惑ばかりかけたのでと言って
今夜は僕に奢らせてくださいとKTVに連れて行かれた。。
KTVとはずっぽし付きカラオケだ。→KTVの詳細
そこでさんざん飲んで、ずっぽししたあと帰ろうとすると、
N谷くんはレシートを見るなり
『すいません!よろしくお願いします』と私に渡してきた。。
結局20万円くらい私のおごりになった
バーローーーーーええ加減にせいよ〜〜
話はそれたが、結局国税は外人社員の高級賃貸マンションの
レンタル家具の支払いがどうのこうのとケチをつけて500万円ほど
それと、毎年派手にやっていた社員旅行で芸者代&コンパニオン代は
福利厚生では落とせないと言われて、これは相当な金額だったが
追徴課税して2ヶ月ほどで帰っていった。。
バブルがハジけてもまだまだいろいろな事件は起きた。
続く、、、、もうおしまいか、、、いやまだまだ
2019年05月02日
平成バルブ時代為替ブローカー カラ接待事情!!
またまた為替ブローカー!メイタントラディション時代のお話だ。
毎日こんなくだらない話を書いていていいのだろうか?
でもずっぽし書いてしまおう〜〜
私の同期にドルIRSセクションの坂上というやつがいた、、
コント55号の坂上二郎からジローと呼ばれていた。
甲子園にも出たやつで明治大学でも
野球部でキャッチャー完全な体育会系!!
上司にすぐ喧嘩をうる、後輩には暴力と、やりたい放題、、
高額な手数料が落ちやすいセクションにいたので
個人的な飲み食いどころか買い物まで接待費で落とす始末!
私が担当だった某みちのく銀行の女子行員を紹介したらすぐに結婚!
結婚式の費用や、婚約指輪のお金まで
全額ではないがほとんど接待費で支払っていた。。
一方、私は為替ブローカーに入社したばかりの頃、
セクションはドルデポ、ジローほど接待費の枠はなかったが、
同僚で大阪人のH本哲也(てっちゃん)が円デポ、
セクションは違えど担当している銀行がかなり一緒だったので、
月末の挨拶や、接待は一緒に行くことが多かった。
当時のてっちゃん↓ ↓ ↓
てっちゃんは、アメリカの大学を出てからプロレスデビュー、
日本でトラックの運転手、、その後為替ブローカーに転職!
変わり種だ。。英語がペラペラなので重宝されていた。。
ある日、二人でスキューバーダイビングの
ライセンスを取ろうということになった、、

しかし、その当時はレンタルはなかったので
機材を購入しないといけなかった、、
1セット20万円くらいする、、二人が担当していた
『ここは、A外国銀行に購入してもらいまっか?』
ということで、40万円の接待費をこっそり使って購入してしまった
すると不思議なことにその翌日から、
A外国銀行からバンバン注文がくるではないか!!
てっちゃんは、『わいらが接待費ごっつく使ったこと
わかるんやろうな〜ほんま、いい銀行やわ〜〜〜』
と呑気なことを言っていた。偶然に助けられた〜
てっちゃん曰く、『神風が吹くんやな〜わいらには』
当時の統括営業部長の加藤さん(加藤ちゃん)が、
『てっちゃん&ササゴくんやるね!!さすが接待上手』と褒められた
外人ディラーさんにステーキでもご馳走してあげてと言われたので、
我々は、二人で銀座の高級ステーキ店でたらふく食った。
もちろんA外国銀行のディラーさん抜きで、、
しかし、その直後から注文は来なくなった。。。
『どうしたのかな??てっちゃん?』 と加藤ちゃんがいうと、
『外人ディラーは肉やなくて、寿司が食べたかったんや、失敗や!』
何も事情を知らない加藤ちゃんは、、おお!寿司ご馳走してあげて、
ということで二人は、銀座の高級寿司店でたらふく食べて
クラブで豪遊した今度も2名で40万コースである。。
当然のことながら注文などくるはずもない、、
加藤ちゃんがどうしたんだろう〜というと、てっちゃんは
『ステーキで一度怒らしちゃったからどうにもなりまへん、
外人は扱い方が難しいんや!』
とこれまた無責任な返事をしていた。。
まあ、このてっちゃんといるといろいろ楽しい事件が起きた、
我々ブローカーは、貿易収支などアメリカで大きな発表があると
時差の関係で残業になるのだが、夕方から21時頃までは自由時間
当然、17時頃から居酒屋に飲みに行くことになる、、
残業はきっちり17時から24時までつけちゃっていた。
そして早めに飲みに行き元プロレスラーのてっちゃんは
いつもガンガン注文する!高いものばかり飲んで食って〜
しばらくすると、安サラリーマンが19時半過ぎに
そのお店に大挙してやってくるのだ〜〜〜
でも貧乏くさく枝豆や唐揚げ、ビールを注文している
てっちゃんは、『そろそろ帰るか??』と席を立ち
その安サラリーマンたちの伝票と私らの伝票をすり替えて、
レジで会計する、、いつも驚くほど安く済んだ、
でもその安い飲食費も会社に請求していた。。
てっちゃんは『会社のためを思ってやっているんや』と
いつもニコニコしながら言っていた。
でも最後にその安サラリーマンたちはあまりの
お会計の高さにビビったと思うがそんなこと御構い無しだ、
わかっちゃいるけどやめられない〜🎵
そのてっちゃんは、仕事帰りに毎日会社のタクシーチケットで
横浜まで帰っていたが、金額欄はいつも3万、4万と切りのいい数字
しまいには総務のおばちゃん(確か野村さん)に呼ばれて、
『これはなんですか!!』と問い詰められた、危機一髪!!
しかしてっちゃんは、タクシーの運ちゃんが遠回りするので
例えば3万4000円のところを3万円で
値切ってコスト削減したんやと真顔で答えていた。。
実は、2万円のところ3万円と書いて
タクシーの運ちゃんから1万円くすねていたのだった。。
なぜかてっちゃんを見ているとクレージキャッツの植木等の
スーダラ節を口ずさんでしまうのだった。。。
わかっちゃいるけどやめられない〜〜ほら〜🎵
こんな毎日が平成バブルの為替ブローカー私たちの生活だった。。
真面目に生きている奴が損しちゃう時代それがバルブだ〜
てっちゃん元気にしてるんかい??ジローも生きているかい?
続く〜〜〜〜まだ続くんか!!!!
2019年05月01日
平成バブル接待事情も暴露しちゃおう!時効だ〜〜
を書いたら反響がすごかったので、
平成バブル時代色々とあったことも墓場まで持って行こうと思ったが
今は、銀行関連話の暴露ドラマもあるし、ならばということで
ブログで公開してしまいまっせ!!!!

平成バブル時代は仕事は接待で決まったと言っても過言でなかった。
毎晩飲みに言っては、翌日プライス(仕事)をもらうのが常だった
毎晩飲みに言っては、翌日プライス(仕事)をもらうのが常だった
でも、公私混同してしまって、
接待と言ってディラーの名前を利用して個人的に
飲み食いするやつもたくさんいた。同期の坂上くん元気かい?
領収書を偽造したり、14500円の領収書に1を書き加えて
領収書を偽造したり、14500円の領収書に1を書き加えて
114500円にするとか、
1を4にしたり、1を7にするなどなんでもありだった。。
1を4にしたり、1を7にするなどなんでもありだった。。
接待費プラスアルファーでちょろまかしていたわけだ〜〜
高級なお酒を贈答品として購入して自分でがめる奴までいた。。。
お中元やお歳暮も、伊勢海老を2匹も送るブローカーもあった。。
それを自分の親戚や友人に送ってしまう奴らまでいた。。
お中元やお歳暮も、伊勢海老を2匹も送るブローカーもあった。。
それを自分の親戚や友人に送ってしまう奴らまでいた。。
マドンナが日本初!ヘアヌード写真集を出した時は、
ディーラーに頼まれて1冊1万円の本をたくさん買い占めて
配布したりもした。テレビで放映されて全国放送で顔が出て
しばらくどこに行っても有名人になってしまった
詳細はこちら→マドンナヘアヌード写真集事件
私は、どんどん大手銀行の担当を任されてしまい、
月〜金の5日間では接待しきれない事態に、、
某埼玉銀行などは支店時代の同期がディラーだったので
某埼玉銀行などは支店時代の同期がディラーだったので
請求書を送ってくれと、勝手に飲み食いしてもらった。。
総務のおばちゃん(確か野村さん)に同じ日に
なんで違う銀行を接待しているの?と
問い詰められたが、、なんとか乗り切った。。
問い詰められたが、、なんとか乗り切った。。
某太陽神戸三井銀行、某住友銀行、某第一勧業銀行、
皆さんありがとうございました〜〜
銀座の高級クラブも20代にして入り浸り、、
若かったのでホステスにはモテた、同伴もよくやった
毎晩数十万落とすわけだからモテないはずがない、
でもずっぽしはしていない〜〜〜しておけばよかった
バレンタインデーやクリスマスに
会社まで着物で差し入れを持って来られたのには参った、
会社まで着物で差し入れを持って来られたのには参った、
総務から受付に綺麗な女性が来てますよと、
嫌味ったらしく内線電話が鳴った、、、

同期のブローカーは飲みすぎで病気になる奴、
銀行に怒鳴りつけられすぎて気が狂って退職する奴、
接待費と自分のお金の区別がつかなくなり借金を抱えて
接待費と自分のお金の区別がつかなくなり借金を抱えて
自己破産する奴などが続出、、今では連絡がつかない奴ばかりだ
あとは、なぜかガンで死ぬ奴も多かった。。
あとは、なぜかガンで死ぬ奴も多かった。。
私の場合は、接待してプライス(仕事)をもらうだけでなく、
のちにマネージメントになった時に役立ったことがあった
部下たちがチョンボをしたことがあった、、
部下たちがチョンボをしたことがあった、、
取引後、相手先の銀行の口座番号を間違えて伝えて
10億円以上誤送金してしまうという大問題を起こした時に、
某都市銀行の資金為替部長から外線電話がかかってきて、
『10年前に接待でお世話になったのでなかったことにしよう。。
昔の接待の御礼がこれでやっとできたよ』と言われたことや、
これまた間違えて取引してしまいこののままだと数億円の
これまた間違えて取引してしまいこののままだと数億円の
大きな損害が出てしまうというときも、某為替専門銀行の部長から
外線電話がかかってきて、ナッシングダン(約定なし)
その代わり、またノーパンしゃぶしゃぶにまた連れて行ってくれとか
言われたりと、、(お安い御用だ〜〜〜〜)→パンシャブ詳細
などなどトラブル回避につながったことが多かった。。
平成バブル時代はなんでもありの世の中だった、、、
平成バブル時代はなんでもありの世の中だった、、、
でも私は厳格な親父の教育の影響か、新卒の時に、一応まともな
埼玉銀行時代を数年経験したからなのか、なんとか
こんなめちゃくちゃな業界でも人の道を外さずに
生き残ってこれたのだろうと思っている。。
続く?????何が〜〜〜〜
2019年04月30日
平成バブルに踊らされた私たち!!明日から令和だ〜
今日で平成も終わりだ、思い出すと懐かしいことばかりだ、、


それから月末などには銀行のディーリングルームに挨拶回り、、

昨日も書いたが、平成元年に私は埼玉銀行から、
為替ブローカー メイタントラディションに転職した。。
当時、銀行のディラーと比べて為替ブローカーの地位は
かなり低く見られていたので
埼玉銀行の支店にいた私は、為替ブローカーの面接を受けに行くと
ご両親が悲しむからやめときなさいと、これまた東京銀行から
出向してきていた戸上さんという役員に止められた記憶がある。。
(ブローカーの役員は日銀&都銀からの出向者ばかりだった)
そう言われるとどうしても転職したくなるのが私の性分、
そんな忠告は御構い無しに銀行をさっさとやめた。。
ブローカーというと響きは悪いが、、
銀行と銀行の間の注文を電話でとりもつ仕事といえば
わかりやすいかもしれない。
まあ、築地いや豊洲の青果市場のような感じだ!!
瞬発力と大声、体力があればバカでも務まる仕事だ。。

今では電子ブローキングというシステムで
銀行のディラーは取引するので、
8社あった会社も半分以下に減ってしまった。
ちなみに当時のメイタントラディションは
業界でも最下位の会社だった、だから私でも簡単に転職できた
今ではトップクラスの会社なのだが、、エイドリアンは元気かな〜
世間の皆さんは、 NHKのニュースなどでよく報道されていた
上田ハーローの円卓が記憶にある人が多いと思う

仕事は9時から始まり、銀行のボイスボックスに向かって、
『おはようございます!メイタンです』と叫んでレートを流し続ける
銀行のディーラーはそのレートに興味があれば、
マイン!(買う)ユアーズ(売る)!と
叫んできてディーリングするわけだ。取引成立すればダン!
複数の銀行ディラーに同時に叫ばれると、
スタッフィングという取引不成立の状態に陥ることがある、、
これはブローカーにとって一大事!
差損が発生して弁償しなければならなくなる、、
一瞬のうちに2000万円の差損なんてザラだった
12時〜13時半はなぜか昼休み、、
そして13時半〜15時30分で後場が終了、、、
それから月末などには銀行のディーリングルームに挨拶回り、、
三越でまい泉のサンドイッチを300個!
ケーキを100個おにぎりを200個など差し入れする。

そして夜は接待三昧!!銀座の高級レストラン、クラブ、
赤坂の料亭などで銀行のディラーをもてなす。。
ノーパンしゃぶしゃぶも本当によく利用した!!!
ノーパンしゃぶしゃぶとは→詳細
帰りはもちろん空飛ぶジュータンと呼ばれた
タクシーチケットで帰宅してもらう。。もちろん自分も
私は、某埼玉銀行や、某太陽神戸三井銀行、
某第一勧業銀行など接待が好きな
大手行を担当していたので、毎晩のように接待をしていた。
接待さえすれば仕事が取れる。。そういう時代だった。。
法人カードなどなく自分のカードで立替払いしていたので大変だった
月に500万円くらいの支払いになっていた。
5枚くらいのカードを使い分けていた。。
銀行からいただく手数料が
今の10倍以上だったのでなんでもありだった。
私は銀行さんから手数料を毎月5千万円から1億円くらい
いただいていたので接待費の上限などない、、
カードのポイントが数十万円すぐに貯まり
高級スーツなどに替えていた
それぞれのカードが毎月100万以上の支払いになるので
5日の引き落とし日前日になるとクレジットカード会社から、
電話がかかってきて
『いつもご利用ありがとうございます。お支払いは大丈夫ですか?』
と連絡が来る、、でも毎月支払いは遅れずにしていた、
ある日二日酔いで具合が悪い時に、その電話がかかってきたので
『バーロー毎月払っているだろう〜〜責任者出せ〜〜』と
叫んでしまった、、サイギンUCカードだったのだが、
『喜多野です。。ササゴくん?ですか』と、、
埼玉銀行時代ひばりヶ丘支店の上司だ〜カード会社に出向していた
『羽振りがいいみたいだけど、、何しているの?』
思わず、『すいません!!必ず支払います』と言って電話を切った。
こんな毎日が二十代後半の出来事だった。。。。
































